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楽園の残響(上)

2013年10月発表 10曲収録



遠未来の異星系を舞台にした「楽園」シリーズの1作目として制作した、コンセプトアルバム。
上と銘打ったとおり、この後に下に続く内容となっている。
元々は1枚で完結させるつもりでデモの作成を始めたところ、曲数が増えすぎた為2枚に分けることになった。

収録曲:
01波紋
02光の演算
03惑星開拓期
04歌声は銀河を超えて
05チタンの骨
06ブレインスマッシャー
07深夜の高速軌道
08心臓の棘
09空を突き抜けて
10跳躍

曲目解説

波紋
 
 入植に成功した幾つかの惑星を擁する、母なる地球から遠く離れた恒星系。
 惑星の間に茫漠と横たわる真空の空を、息を殺して進む一隻の軍艦。
 その軍艦はある宇宙船を追っていた。やがて、遂に探していたその船を見つけ、襲い掛かる。
 音の無い世界で二つの点が近づき、そして何も無かったかのように再び離れる。
 その間に起きた出来事は、だれに振り向かれる事も無く、波が湖面に広がるように、空間に溶けてゆく。

 

光の演算
 
 ある出来事が終わったとき、その全ての事象は光計算機によって記録されている。
 真空に溶けて消え去ったように見える出来事も、フラッシュバックする真偽の定かでない記憶も、 あの時拿捕した船で何を見たのかも、星から星に旅したことも、業火も、決意も、思い出も、 全ての出来事は光計算機によって記録され、管理される。
 しかし、記録の中から目的の出来事を見つける行為は、それ自体が記録の対象となって再帰的無限ループとなる為に禁止されている。
 今この瞬間も、すべて光計算機は書き続けている・・・

 

惑星開拓期
 
 かつて地球を離れた人類は、幾世代も続いた長い旅を経て、この星系へとたどり着いた。
最も生存に適した星ですら、大気は薄く、大地は薄闇の中で冷たく氷りついていたが、 無限に思えるあての無い旅を続けてきた人々にとって、それは希望に溢れた戦いだった。
 やがて種は芽吹き、花を咲かせ、そして遂に実は実った。
 入植者達は、すでに神話となって久しい地球の繁栄そのままに、いや、それ以上の栄華をここに再現したのだった。

 

歌声は銀河を超えて
 
 ここはあらゆる争い、謀略から永久の中立が約束された娯楽の星マノイワトア。
 花は永遠に咲き続け、飢えは無く、歌声が途切れる事は無く、人々の笑みは絶えることはない。
 なぜなら、絶望を乗り超えて辿り着いた人類は、限りない祝福の中、歌い踊りながら日々を過ごす権利を持つからである。
 楽園を象徴して聳え立つランドマーク、六角ビルの併設歌劇場に集まった幸運な聴衆の鼓膜を震わせる"女王"メルポメーネ・ノーズメアの歌声は、星を超え、 真空をの理を超越し、銀河の渦を飛び越えて、時の彼方までその旋律を届かせるのだ。
 この星では、そういうことになっている。
 

チタンの骨
 
 いやいや、そんなバカな。あれはただのショーだし、かなり(オリジナルの箇所を上げた方が早い程度に)体を改造しているとはいえ、 母は基本的にただの人だし、そりゃあ、話し上手で歌は上手いけど、時には小言もいうし、好き嫌いは激しいし、裏では結構汚い事もやってるし、 お世辞にも人格者とは言えない。
 そんな母に熱狂しっぱなしのこの星の人達って、やっぱり頭がイかれてる。そう、それは知ってる。頭がイかれてる本当の理由も。
 聴衆の心を震わせる感動も、民衆の母への翳る事の無い圧倒的な熱狂も、彼らを満たす幸福感も、全てはあの怪しげな液体の御蔭なのだ。 と、メルポメーネの一人娘ミーリアは食事を吐き出しながら考える。
 望むものは何でも与えられながらも自由だけはそのなかに含まれず、六角ビルに幽閉されるようにして育ち、母の後継者として舞台に上がる日々。 不死人となり姿も声も自在に変えられるようになった母の進歩主義的な信念によって、ミーリアの肉体もまた幼い頃から様々な改造を受け続けていた。 大規模な外科手術から遺伝子変換までその手段は多岐にわたる。細胞自身が体内から材料を取り込んで組織を生成する遺伝子改造技術によって、 髄を残してチタンに置き換えられた骨もその一つ。
 骨格から内臓、皮膚や粘膜質まで、生物として弱い部分は徹底的に補強され、滅多な事では死なない体を与えられながらも、 その外側の頑健さとは対照的に、内側にうずくまる精神は疲弊するばかりだった。
 疲弊した精神を補強すべく、食事に混ぜてまで与えられる押し付けがましい幸福感から、いつの頃からか逃げる術を身に着けていたミーリアは、 夜な夜な塔を抜け出しては、欺瞞に塗り固められた壁の向こう側の匂いを求めて街を彷徨うようになっていた。
 

ブレインスマッシャー
 
 遥か昔、まだ祖先が地球に居た頃から、不純な動機で流通する薬物というのはやっかいな代物だった。
 地球からこの星系までの旅を間、船の中で断絶を免れたあらゆる部類の技術や知識の例に漏れず、薬物に関する技術も高度に飛躍を遂げた。
 「ブレインスマッシャー」は、純粋に化学的に精製される例の古典的な白い粉とは違い、人の心をかき乱す物質それそのものではない。 それは巧妙にプログラムされたRNAを含む、擬似ウイルス的な超高分子化合物なのだ。
 この物質が人体の内部で活性化すると、決められた条件に従って様々な神経伝達物質をせっせと作り出す。 作り出された物質の多くは血流に乗って脳関門を突破し、ヒトの感情と判断能力に働きかける。 また別の物質は内臓の分泌系に働きかけ、体のコンディションを自由に操る。
 動悸、息切れ、めまいはお手の物。感涙に咽び泣き、喜びに湧き踊り、在りし日の郷愁を呼び起こす、それこそこの薬の十八番。 この効力をもってすれば、999週連続オリオンチャート(星系で最も権威ある売り上げ集計ランキング)TOP10を総なめも朝飯前、 他星の要人を骨抜きにするのもオチャノコサイサイなのだ!
 

深夜の高速軌道
 
 酒場で出会った男ボールドは、ブレインスマッシャーの原液と引き換えに、星からの脱出を請け負った。
 母との確執が遂に引き換えせぬ程になったと感じた日の夜、ミーリアは母の書斎から一瓶のブレインスマッシャーを持ち出し、 着の身着のままで塔を逃げ出した。
 宙港に向かう車の助手席で、不安と後悔と決意に揺れながら眠りの淵を彷徨うミーリア。
 浅い眠りの中で、メルポメーネの不正を初めて知った日の事や、薬で人心を掌握して栄華を欲しい侭にする手口は自分もまた標的にされていた事が悪夢として蘇り、ミーリアの頬は涙で濡れるのだった。
 

心臓の棘
 
 浅いまどろみに揺れながら、思い出の破片がミーリアの脳裏を駆ける。
 まだ幼いころ、幸せだったころ、その終わりを予感した朝。 それまで当たり前のように世界は喜びに満ちていたのに、その瞬間から急にくっきりとその綻びが目に付き始める。
 誰にでも訪れる幼年期の終わり。ただ、彼女のそれは荒れ狂う嵐のように激しく彼女の精神をかき乱した。 それは、ミーリアに与えられていたブレインスマッシャーが効力を失った反動だった。
 なぜブレインスマッシャーの効果がなくなったのか彼女には分からなかったが、そんな事情とは関係なく、 この朝から数年間、彼女は突如として現れた原因不明の悲しみと、慣れ親しんだ柔らかな嘘のなかに戻りたいという衝動の間で揺れる不安定な精神状態に突入する。
 

空を突き抜けて
 
 一般客が利用する事の無い貨物専用の宇宙港。無数のコンテナが所狭しと並び、輸送船が次から次に空へと打ち上げられてゆく。
 星系の経済活動の中心であり、一大消費地である娯楽の星には、他の惑星からあらゆる資源、製品が運ばれてくるが、 出てゆく便の貨物は殆どが空である。輸送業者達は空いた貨物スペースを埋める為、需要があれば何でも運ぶ。
 とはいえ、多くは小さく高価なもので、やっかいなナマモノである人間は敬遠される。 しかし、それも金次第。ミーリアはボールドの手引きで必要な経費を支払い、二人は立ち並ぶロケットのうちの一隻に乗り込んだ。
 ボールドが手配した便は船員用の席に空きのある貨物船だった。船の行き先は海の星。 恒星に近く、厚い大気の下の地表の殆どを海に覆われた水の惑星。常に暖かく、海洋資源に富み、バカンスにはもってこいの人気スポットだ。 しかし2人の目的地はそこではない。海の惑星に向かう途中で経由するステーションを衛星軌道上に持つ、ある惑星だった。  そこは入植に失敗して名目上無人となった惑星、砂漠の星。
 ブレインスマッシャーはそこから運ばれてくる、そうボールドは言った。
 無骨で愛想のない船室で緊張を舐めながら夜を明かし、翌朝、ついに船は空へと駆け上る。 雲を抜け、空の上の闇に向かって上ってゆく船。  ああ、もう戻れない。そして、これできっと自分を覆っていた欺瞞の壁の向こうへ行ける。 私は一体何を見つけるのか。何が待っているのか。彼女はいま旅立った。
 

跳躍
 
 虚空を行く船。美しくも無慈悲な光を放つ無数の星に囲まれながらも、それらの遠く光る点はどれ一つとして旅路には含まれない。
 星は瞬かず、時が静止したかのような冷酷な世界。
 ミーリアたちを乗せた貨物船は、明かりを消し、茫漠とした深遠の淵を静かに進んでゆく。
 生命の存在が許されない極限の空間に浮かぶ小さな殻の中で人はただ眠り、目的地を待つ。
 





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